みなさん、こんにちは!ミックマックです。
今日も引き続き、マシンガンズ滝沢さんの本をご紹介出来たらと思います。




この本は、とても面白いと思います!
スラっとよめますし、だけど、考えさせられるところはちゃんとあります。
それはなぜかというと、ごみを観察するということは、人間の生き方の観察だと思うからです。


☆ごみがわからないんじゃない、人がわからないんだ。☆

しかし、一番わからないのはやはり、人なのではないだろうか。
(やっぱり、このゴミは収集できません。P52)

これは、奥深いと思います。
ちなみに本の中では、「露出過多のネグリジェおばちゃん」という話の中で紹介されています。
このネグリジェおばちゃんがどんな人なのか?要約すると、

・ネグリジェ一枚の姿でごみを遅れて出しに来る。
・「はずかしい~」などと言いながらも立ち去ろうとしない。
・不用意にネグリジェのことに触れると、「いやらしい目で見られた。」と役所に苦情の電話をかける。

という方らしいです。

最初、わけもわからないまま、ネグリジェ姿のおばちゃんが現れたら、

普通じゃない。

と思うと思います。

この普通じゃない、というのは、TPOを間違えているという意味です。

普通、ネグリジェ姿で外に出歩かないですよね。
だけど、その行動を紐解いていくと、理由があります。

つまるところ、トラップなんだと思うんです。
「普通、そんなことはしない」という行動は、
逆を言えば、その行動はとても目立つということです。

それは本人もよ~くわかっていて、
そこを他の人につかれたら、苦情の電話を言う。

つまるところ、苦情を言いたいということですね。

苦情を言うために、ネグリジェ姿でごみを出しに行く。

そして、誰かがネグリジェに触れてくれるのを待ち構える。。。

とてもユニークですね!(笑)


☆普通じゃないことを普通にされると。。。☆

僕はさすがにネグリジェのおばちゃんに遭遇したことはありません。

それで、マシンガンズ滝沢さんのこの話を読んで、思い出したことがあります。

それは、10年ぐらい前だと思います。
とあるパーキングエリアに行ったときのこと。
確かその時は、プライベートでどこかに出かけていたのです。

それで、パーキングでトイレに行ったのですが、
そのとき、普通にトイレ掃除のおばちゃんが中で仕事をしていたのです。
みたところ、70歳代ぐらいだと思います。

トイレには、僕以外の誰もおりませんでした。

ですが普通、女性が男子トイレの中にいて、男性にあうと、
女性の方が、トイレから出ていくものだと思います。

そのトイレ掃除のおばちゃんは、出ていこうとしないのです。
出ていこうとしないというか、「出ていかなさそうなオーラ」がありました。

それで、これは自然に、ホントに自然に、僕はこのおばちゃんにこう言っていました。

「どうもすみません。」

トイレに行きたいから、男子トイレに入った。

何も謝ることはないと思うんです。
だけど、おばちゃんのオーラに負けて、自然と謝っていたのです。

ちょうど、太宰治がその著書の中で『生まれて、すみません。』と謝ったように。
僕みたいなものが、トイレに入ってすみません。
イチモツを持って生まれたばっかりに、男子トイレに入ってしまって、すみません。

人はなかなか素直になれず、他者に謝れないものです。
だけど、このときは、素直に謝罪できたのですっ!

するとおばちゃんも僕に向かってヒトコト、こう言ってきました。


「ええよ。」


この瞬間、僕は負けました。完全に負けました。何か悪いことをしたわけではないんです。

でも、負けました。。。


だけど、不思議なことに、どういうわけかこの負けは、、、

とてもすがすがしい想いがしました。(笑)

そして、なんとも爽快な気分で用を足し、パーキングエリアを後にしたのでした。



何の話やねんっ(笑)